父は定年退職を迎えた年に脳腫瘍がわかり余命宣告をされました。すでに手の施しようがなく、ゆっくりと進んでいく父の病状になす術もないまま、病院からは終末ケアを勧められました。働いていた母に代わり、私が父を介護することになりました。通院には私が運転し、帰りはパン屋で父の好物のあんぱんを買うのが日課になっていました。ある日、いつものようにパン屋に駐車したところ、父に謝られました。「迷惑かけてすまない」と。その日を境に病状は一気に加速し、余命宣告されてから4ヶ月後に亡くなりました。父と通った病院までの道中、父とたくさん話した時間は私の宝物です。