

ようやく言葉が喋れるようになった4歳ごろ。伯父が「スポーツカー」に乗ってやってきた。その車は日産が誇る究極のFRスポーツ、Z32だった。当時の僕はZ33しか「Z」はない、と勘違いしていたので、伯父のZ32は僕にとって、「単なるスポーツカー」でしかなかった。6年後。32乗りの彼が亡くなった。勿論、葬儀には参加した。伯父はまだ三十路を歩んでいたころだった。彼の死をきっかけに、32を思いだし、車好きの父の話などを通じて、32が「Z」だと知った。そして今。完全なる車好きとなった僕は今年、Z32のプラモを作った。まるで何かに取り憑かれたように。
そして、彼が生前住んでいた家に飾った。